江戸時代、加賀藩では代々藩主が能を愛好し自らも演能しました。能役者を召し抱え、領民一般にも奨励したため、現在でも「加賀宝生」という言葉が残るほど能楽の盛んな風土へと醸成されていきます。
明治維新に際して一時は混迷をきたしますが西欧化の動きの中で日本文化としての価値が再認識され、能楽復興への兆しとなります。
明治34年4月に能楽の継承保存と普及振興を目的に佐野吉之助師らによって「金沢能楽会」が創設されました。
以来、戦時下や恐慌など時代変遷に影響を受けながらも、数多くの能楽師や地元有志によって伝統のともしびが護られてきました。
今なお『金沢能楽会定例能』を月毎に開催するなど、120余年にわたる活動を維持し北陸地方の能楽文化を牽引しています。